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浜離宮恩賜庭園1

海水を引き入れた潮入りの池があったり、かつて、二つの鴨場があって、江戸城の出城(本城の周辺に築いた城)としての機能を果たしていたと言われる庭園である。現在、国の特別名勝、特別史跡に指定されている。
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拓洋と昭洋

1973年開かれた第三次国連海洋会議で、沿岸から200海里以内に所在する資源の管轄権が認められ、日本でも1977年、領海法及び漁業水域に関する暫定措置法が施行されて、200海里の漁業水域が設定された。 ただし、200海里の外でも、海底の地形や地質が一定の条件を満たす場合には、これを証明する科学的根拠があれば大陸棚の主権的権利が認められるというわけである。 やや、専門的になるが、大事なことなので、拓洋・昭洋に装備・搭載されている代表的なものを記しておく。 
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両国駅

JR総武線両国駅は、都心と千葉方面を結ぶ要所駅であるが、両国橋は、江戸時代、隅田川(当時は大川)が下総国(両国側)と武蔵国(浅草橋側)の国境であったため、大川はその両方にまたがっていることから両国橋の名称になったという。 両国橋を渡ると、すぐ浅草橋であるが、浅草の観音様にも近く、古くは、問屋や製造業が集まり、手芸、布、タオル、ボタン、アクセサリーなど、ファッションに関係した雑貨屋さんが立ち並び、若い人が大勢買い物に来ている。 両国橋は(昔は木の橋だった)商業的にも経時的にも、庶民にとって大事な橋だった。
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駒形橋

駒形橋の浅草側のたもとに、駒形堂という社(やしろ)がポツンと建っている。 この辺りは、昔、隅田川で漁をしていた兄弟が、網にかかった聖観世音菩薩(浅草寺のご本尊)を陸揚げした場所で、隅田川に棲む魚類への愛護の必要を感じ、生き物の守護仏「馬頭観音」を祀ってある。 江戸時代は、聖地である浅草寺の管内ということもあって駒形堂は人気があり多くの参拝者が押し掛けたという。
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ガリンコ2号

ガリンコ号2号は、オホーツクガリンコタワー(株)が、紋別港で運航している砕氷船である。 「ネジを廻すと前に進む」原理を利用した「アルキメディアン・スクリュー」と呼ばれる螺旋型のドリルを船体前部に装備し、それを回転させて氷に乗り上げ、船体の重さを利用して氷を砕き、前進する。 少し見にくいが、船前方下に、お化けみたいに大きなネジが隠れている。
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東京タワー

15年ほど前、元旦になると毎年東京タワーに上り脚力を試したことがあった。ひとり者で暇なこともあったが、増上寺への初詣を兼ねて東京タワー展望台まで歩いて上るのは楽しみのひとつであった。ゆっくり登っても15分。ときどき景色を見ながらだから気分もよく、600段の階段は気にならなかった。
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鎌倉攻め

ぼくは2003年9月29日、稲村ケ崎公園から江の島、富士山を描いたが、稲村ケ崎は新田義貞が鎌倉幕府を倒すきっかけの場所だったことを後で知った。 そこで、昔学校で習ったことがある、鎌倉幕府が滅んだ時のことを、もう一度学びたいと、調べてみることにした。
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新宿御苑

2003年6月11日は曇りだった。都会のオアシスとして親しまれている新宿御苑に来た。都合3度目である。 入口は、大木戸門、千駄ヶ谷門とあるが、今日は東京メトロ、新宿3丁目で降りたから、新宿門から入った。 日本庭園の方に歩いて行くと、「上の池」の森の上はるかかなたに、エンパイアステートビルに似た高層ビルが見えてきた。ありゃナンダ?今までなぜ気づかなかったのだろう。
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しらうめさん3⃣

飛行機で広島に行き、電車で尾道に向かった。観光案内書には、歴史ある神社仏閣が点在、景色は文人墨客に愛され、文学、絵画、映画にまで登場した美しい街、とある。 初めてのスケッチ旅行にしては贅沢だった。
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しらうめさん2⃣

梅の実が、その年に限ってたくさん生ったのはどういう訳だろう。ぼくは考えてみた。 そうだ。寝間着姿で梅一輪を描いた2月のあの日のことが思いあたった。 ひょっとすると、梅の木はこう考えたのかも知れない。 『今まで見向きもしなかった私をきれいだと褒めながら描いてくれた。そのお礼に特大の実をたくさんつけてビックリさせてあげましょう。』